追悼!平尾昌晃さんの話・・・。

また昭和の時代を象徴する人が亡くなったな。
作曲家の平尾昌晃さんだ。
いきなりのニュースで驚いたんだけど、闘病生活を送ってたんだな(泣)

 平成生まれの人にはピンとこないかもだけど、オレみたいな昭和生まれ、それも子供時代が高度成長期だった人間にはビッグネームだ。最近じゃ、NHKの紅白でエンディングの「蛍の光」の指揮をしてたけど、思ったんだよね、
この人、紅白で指揮するようになったのか・・・。
あれって、一種の名誉職みたいなもんでしょ。子供の頃から平尾昌晃作曲の歌謡曲を聴いて育った人間としては、ちょっと感慨深いものがあったぞ。
オレが生まれる前に、ロカビリーブームってのが有ったんだけど、彼はロカビリーの出身。多くのロカビリー歌手が消えていく中で、作曲家として華麗な転身。
オレが物心ついた頃には、彼の作品が町のあっちこっちで流れてたからな。
当時、最初に聴いたのが、五木ひろし「よこはま・たそがれ」だ。もちろん、作曲・平尾昌晃なんてのは大きくなってから知るんだけど、「よこはま・たそがれ」は超流行ったぞ。
なにしろ幼稚園に行く時に、みんなが歩きながら唄ってたぐらい、子供から大人まで口ずさんでた。
まだまだレコードの時代だ、


あの頃は歌謡曲が全盛だったからな。今と違ってテレビの歌番組も多かったし、毎年、「その年の流行歌」なんてのがあったのだ。
で、五木ひろしを出したら、この人を出さないわけにはいかないだろ。
小柳ルミ子だ!
オレの記憶が確かなら、五木ひろしと小柳ルミ子は付き合ってた(オレの両親の話)
家族で歌番組を観てると、たいてい五木ひろしとか小柳ルミ子が出てて、彼らが出てくるたびに、
こいつら付き合ってるんだよな・・・
なんて言う両親の会話を聞いてたからなww
もちろん、幼稚園ぐらいのオレには、「付き合う」ってのはどういう事なのか意味は分からないけど、なんか甘美な匂いを感じてたの事実だww
で、その小柳ルミ子だけど・・・
今でこそ、若い男をまわりに侍らせる性獣、魔性の女、って雰囲気だけど、あれだぞ・・・
当時は・・・
超清純派!
デビュー曲「わたしの城下町」、もちろん作曲は平尾昌晃だ。これも流行ったなぁ。
当時、みんなが口ずさんでた。オレなんか今でも唄えるぞ。
でね、小柳ルミ子といえば、やっぱり平尾昌晃作曲のこの曲だ。
「瀬戸の花嫁」だな。

住んでる所は山口県だからな、瀬戸内海に面してるし、まぁ、広い意味で「ご当地ソング」だろ。
爆発的に流行ってたぞ。
学生の頃、瀬戸内海に浮かぶ大久野島国民休暇村ってところでバイトしたんだけど、まさに「瀬戸の花嫁」の風景。バイトで知り合った彼女といつも海を見ながら唄ってた(涙)
歌謡曲だけど、オレの青春の一曲だな・・・。
そうそう、小柳ルミ子、うちの父がファンだった。
歌番組なんかで小柳ルミ子が出てくると、
美人やなぁ・・・
可愛いなぁ・・・

なんて言ってたんだけど、すかさず母親が、
この娘、小皺だらけやん!
たいしたことないわ!
って言い返してたのを思い出した。
まぁ、あの頃のオレは、コジワって何のことか分からなかったし、両親の険悪な雰囲気を察して、コジワの意味を聞くこともなかったけどな(涙)
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で、平尾昌晃だけど、作曲した曲・ヒット曲を挙げたらきりがない。
「霧の摩周湖」「星は何でも知っている」「ミヨチャン」・・・
デュエットなんかもやってたな。


これも、むちゃくちゃ唄ったな。
サラリーマンやってた頃に、飲み行くとたいてい店の娘と唄ってた・・・懐かしいな。

自分に何がしかの影響を与えた人や、何かの想い出に繋がる人が亡くなると、さすがにしんみりしてしまう。
今日は平尾昌晃の曲を聴きまくるぞ!

いつものバイト君の誤字・脱字チェックだ。

バイト君:仕事場で歌謡曲を流さないで!

良いじゃね~か!
BGMがあった方が仕事も捗るわ!

バイト君:・・・・・・

次回の予定~
こいつがテレビに出てたらチャンネルを変える!
そういうお話・・・。

 

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